グラマーと魂の牢獄

★グラマーと魂の牢獄★

秘教学を学ぶ醍醐味の一つに「グラマー」の理解があります。グラマーを言い換えると「思い込み」「幻想」「錯覚」…最近ではメンタルモデル…もグラマーの別名かも。生きるための経済活動、恋愛、趣味はグラマーに支配されている…こともあります。

一番わかりやすいグラマーは「死」かもしれません。死にまつわるグラマーの一つ「死で全てが終わる」。しかし科学的に証明されない「魂」が実在して輪廻転生があるなら、「私たちは何度も何度も死んできた」…はず。その体験を忘れて「死で終わる」と考え、「グラマー(思い込み)」によって、この世界の制度や法律が創られます。

何がリアリティで、何が幻想なのか?…は、「科学的に立証されるものだけがリアル」だとすると、とんでもなく狭い範囲のリアリティに、私たちの人生は押し込まれる。いまの世界がそうかもしれません。

グラマーに閉じ込められ生きる人は苦しい。そこで生きるのは魂の牢獄だ。だから気づかないふりをしてしまう。辛いですよね。

秘教はグラマーが何であるか?を指摘して、人を解放します。科学で証明されずに置き去りにされてる真理、何が幻想で何がリアリティなのか?を紐解いてくれるのです。今日はこのDK大師の言葉に心が揺さぶられました。

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現代科学の限界は、ヴィジョンを欠いてることであるが、現代科学の希望は、証明されたときは真実を認める点にある。あらゆる状況において真実は重要であり、科学はオカルティズムを無視し軽蔑してはいるが、この点に関 して科学は望ましい模範を示している。オカルト科学を研究する人々は、真理の提示方法と偽りの謙虚さのため、不利な状況にある。両方が同じように悪い。~テレパシーとエーテル体より。
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ビジョンなき科学者と、グラマーまみれの秘教徒。
どちらも悪い…とスパッと言い切るDK大師は如来ですが、
人を救済するビジョンのもとで科学が探求されるなら、科学者は人を悟りへと導く菩薩であり、グラマーの海に溺れる迷子(多くが法を信じない)に法を聞かせ説き伏せる秘教徒は、悟りへの正しい道へ導く不動明王のようです。