テレパシー①

★テレパシー①★

今まで私は「対話」こそ分離をつなぎ、新しい時代のツールだと思ってた。だけど、お遍路で「その次のツール」に出逢ったような気がする。それはまさに「テレパシー」。

お遍路仲間は「対話」などしない。みんな一日歩いて歩いて、宿についてお風呂に入り、ご飯食べて寝る。その繰り返しで、言葉という概念が消えていく。お寺で唱える真言なども、もう身体から発する祈りの音だから、もうそこに「言葉の概念」はない。

しかも「どこから来た」は話しても、「なんで遍路しているのか?」なんて聞いたら「野暮だね」と言われる。そう、パーソナリティレベルではみんなに動機はある。「身体健全、家内安全、心願成就」様々だ。もちろん「冒険したかった」という人もいる。

でも、みんな分かってる。それは表向きで、魂レベルの動機は、実は自分にも薄っすらとしか理解してない…と。だから言葉で語ることをしない。ただ祈り歩き88札所まで辿りつくという行動をするだけ。そんなお遍路さんの心には、弘法大師さまとのご縁、一途な愛や感謝がある。それがなければあんな距離を歩けない。

そんな日々を深めてたら、ある日とづぜんテレパシーを経験した。涙がでるほど大切で胸に秘めたい出来事なので、書けないのだけど、あの経験を理解したくて「テレパシーとエーテル体」を読み始めてる。

分離があるから「対話」は必要だけれども、分離がない世界では「テレパシー」が人をつなぐ手段となる。これ本当そうだなーと、今回の旅で確信。しばし「テレパシー」について書き残します。

写真:空海として修行して悟りを開いた洞窟。そこから観た朝日。

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感傷ではない愛は、テレパシーを成功させる秘訣である。
~「テレパシーとエーテル体」