アクエリアス時代の性~①

霊的人間の印の一つに「見通す」という感性があります。社会で起きてることの本質を知る…ということでしょう。出来事の表面に一喜一憂するのではなく、その背後にある大計画を察知する能力…と言ってもよいかもしれません。政治、事件、災害…もありますが、今回は「性の多様性」について。LGBDという性の多様性、または不倫などの性の道徳について、大師は何か書いているのか?

宗教や風習の規範から、社会が解放されたため、性の自由は当たり前となりました。そして「隣人の性事情に関しては、何事もないふりをする」のが大人の態度と思われているからこそ、他者の価値観はうかがい知れません。だからこそ、自分と他者を比較せず、自分だけの価値観を守ることができるのも現代の「性」です。

しかし、LGBDという言葉が生れ、不倫や浮気によって傷つく人々、セクハラや性的虐待が日々ニュースで知られるなか、性を語るとき、心がすごく痛み、自分だけの価値観を守ればいい…という時代は終わったと思うのです。

何がどうあるべきなのか?みんなはどうなの?そして私は何を選択するの? その私の選択は霊的進化において、どんなプロセスにあるの?

既存の宗教のように「性の否定」はせず、性欲という本能はどう変化するのか?すべては霊的進化の科学的なプロセスである…と捉える視点が、秘教的でした。

今回は「秘教心理学・第一巻」にある「性の問題」を投稿しながら、いま起きている性の多様性を「見通したい」と思います。でも上手く解説できるかなぁ…(;’∀’)

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明らかに、この問題は取り組むのが困難な問題である。しかし、なぜこれほど困難なのであろうか。結局のところ、この困難さは人間のマインドが抱いてる偏見に基づいており、自分の見解が必ずや正しいという内的な確信に基づいていることが分かるであろう。

そのように思うのは、人々がそのような見解に従って生活し人生を送っているからであり、それで十分だと思っているからである。

それは、性が基本的な原始的衝動の一つであり、重要な本能の一つであり、したがって、人間の動物性質における重要な要因であるという事実に基づいている。

秘教心理学・第一巻