秘教学とは?

秘教学とは

秘教学とは、1919年から30年間に渡り、アリス・ベイリー(イギリス人で後にアメリカで活動)によって書かれた本ですが、実際には、ジュワルクール大師がアリス・ベイリーを通して降ろしたものです。そのためアリス・ベイリーはジュワルクール大師の代筆として書いています。英語では18冊になりますが、日本語に訳すうえでボリュームが増えるため31冊になっています。

さらに、アリス・ベイリーが代筆ではなく自分自身が書いたものやジュワルクール大師のサポートを得て書いたものが別に6冊(日本語でも6冊)あるため、英語ではトータルで24冊、日本語ではトータル37冊が秘教学と呼ばれています。

>>秘教学の全37冊のご紹介はこちら

テーマは壮大で、小宇宙とされる人間から、大宇宙とされる実際の宇宙に関して、また、その中における生命の、特に人間の意識の進化を中心に書かれています。例えば、意識の進化の段階を印したイニシエーションに関してや、その進化のプロセスをサポートする瞑想に関して書かれています。さらには、国家や教育、人類の問題に関しても書かれていて多岐にわたる内容をカバーしています。

すべての本の中に今現在では科学では解明されていない霊的な事柄に関しても相当な詳細なレベルで書かれているのですが、31冊を通じてそれらが矛盾なく一貫性があるため、今現在では科学で解明されていない真実、真理が実際に存在していて、それをあらゆる角度から表現しているように思えます。

その上で、ジュワルクール大師は次のように言っています。

自分自身で真実を見極める

私が書いた本は受け入れるように要求することはなく世に出される。それらは正しく真実で有益なものかもしれないし、そうではないかもしれない。それらが真実であるかどうかを適切な実践と直観の修練によって革新するのはあなた方の役目である。

そして、伝えた教えが世界で働く人々の啓発されたマインドから反応を呼び起こし、直観の閃きを招くならば、その教えは受け入れてもよいであろう。しかし、そうでなければ、受け入れるべきではない。

(すべての本の冒頭)

つまり、これの本が真実かどうかを見極めるのは、我々自身の役割であり、見極めた結果、それが真実なら受け入れてもいいが、それが真実でなければ受け入れてはいけない、ということです。本の中でも繰り返し、自分自身で実践することで自分自身の真実を見つけなさい、と言っています。

そのため、自分自身が真実だと思わない内容は受け入れる必要がないのです。自分が真実だと確信し、その確信したものが自分自身、社会や世界の役に立つものであれば受け入れ、実践すればいいということです。

すべての思想の統合系

秘教を理解する上で基礎となる考え方は、どの思想かがいい悪いではなく、すべての思想を統合しようとしているところです。本の中で事例で提示されるものが、キリスト教の思想の場合もあればインド哲学の場合もあれば、仏教の場合もあります。

また、西洋医学、思想がいい悪いでもなく、東洋医学、思想がいい悪いでもなく、両方が協力、統合することこそが必要だと唱えています。

この観点から霊的世界が今の西洋医学や思想に受け入れられるため、霊的世界と西洋思想の架け橋になることを意図して、より論理的、構造的に書かれているようにも見えます。

答えがない、教えられない

秘教を読み進めていくと気づくこととして、秘教には答えが書いてありません。その文章をどう理解するのかということ自体、その人それぞれにゆだねられます。例えば、同じ文章を1年後に読んだとすると、初めの読んだ時に理解した内容と、1年後に読んだ時に理解する内容は明らかに違ってきます。人生のプロセスが進むにつれてその文章から掴みとれる内容の深みが変わってくるからです。

言い換えると、読み手のその時の意識レベルに応じて、受け取れるものが異なってくる、ということです。

そのため本質的には、秘教で伝えようとしている真理を教える、ということは不可能になります。それは、すべての人が完璧ではないからです。だからこそ自分自身で読み、それを自分自身の人生に重ねて自分で真理を見出すことが重要になります。

真理を多面的に学ぶ

秘教で伝えようとしている真理は答えがないだけではなく、言葉による定義もあまり明確なものがありません。それは真理を我々が理解できる言葉で表現することが不可能だというところに起因します。

ジュワルクール大師は次のように言います。

あなた方の理解力の限界を考慮するならば、それがどうして完全な真理になりうるであろうか。このことを覚えておきなさい。私にはあたな方に真理を伝えることはできない。なぜなら、そのための用語もなければ、あなた方には知識の十分な基礎もないからである。

(秘教治療上P.54)

そのため、31冊を通して真理を多面的にスパイラル的に表現することで、我々人間の意識の進化をサポートしているとも言えます。

言葉による限界

また、ジュワルクール大師ですら、本にする、言葉にするということで多くの思想や真理を失い、限定的になっていると言っています。

私が出来ることは、思想を包む力ない言葉を模索するくらいである。思想を包むとき、言葉は思想を限定する。このとき私は、結局は解放されなければならない新しい囚人を生み出すという罪を犯していることになる。

つまり、ある思想や真理を言葉にした瞬間に、言葉にできなかった部分が切り落とされて、本来伝えたかった思想や真理の一部が別の牢獄に入れられる、ということが起こってしまうということです。

そのため、ジュワルクール大師は直観的になれ、といいます。

テレパシー的に、そして直観的になりなさい。そうすれば、言葉という形態は必要ではなくなり、アイディアを形態で包む必要もなくなる。そのとき、あなたはありのままの真理に面と向かうことができ、形態の世界ではなくアイディアの領域で生き活動できるようになる。

(ホワイトマジック下P.238)

秘教学では、直観的になることで言葉が必要ないアイディアの領域、すなわち真実の情報がある場所にアクセスできるようになると言っています。そのための進化のプロセスが書かれたものが秘教学と言ってもいいでしょう。